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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)2916号 判決

原告

有限会社協和興産

右代表者

高内道子

右訴訟代理人

小池金市

外二名

被告

京王不動産株式会社

右代表者

山本英夫

右訴訟代理人

鳥飼公雄

吉野純一郎

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二〇四四万〇七〇〇円及びこれに対する昭和五二年二月九日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は建築設計、工事請負、ビル賃貸等を業とする有限会社であり、被告は土地建物売買、賃貸の仲介、ビル管理等を業とする株式会社である。

2  原告は、昭和四九年六月一一日被告との間で、原告所有の渋谷区本町一丁目三番五号鉄骨鉄筋コンクリート造八階建延面積545.54平方メートルの建物(以下「本件ビル」という。)につき、左記条件で賃貸の仲介契約(以下「本件仲介契約」という。)を締結すると同時に賃借人入居後は被告において本件ビルの管理を行う旨の契約(以下「本件管理委託契約」という。)を締結した。

(一) 原告は本件ビル全館の賃貸の仲介を被告のみに専属的に委任し、本件ビルについて被告以外の不動産仲介業者の仲介によつて賃貸借契約が締結された場合にも被告に対し手数料を支払う。

(二) 被告は契約締結後三か月以内に本件ビル全館を賃借人で満室にするよう仲介を行う。

3  原告は、同年一一月二六日、被告の仲介により訴外堀内利昭(以下「堀内」という。)との間で、本件ビル八階を保証金三五〇万円、賃料一か月一三万五〇〇〇円、期間同年一二月一日から昭和五一年一一月三〇日までとして賃貸する旨の契約を締結し、堀内は昭和四九年一二月一日に入居した。しかるに堀内は本名を難波力といい、過激派集団革マル派の委員長であつて、本件ビルを革マル派の本拠とする目的で契約したものであり、堀内ら革マル派は、入居後直ちに本件ビルの一階出入口に机を並べて封鎖し、また常時十数人の者を置いて階段をも封鎖し、昭和五〇年一二月まで事実上本件ビル全館を占拠し続けた。

4  堀内ら革マル派の右本件ビル占拠は以下のとおり被告の債務不履行によつて生じたものであるから、被告はこれによつて原告が被つた後記7記載の損害を賠償する責任がある。

(一) 被告は原告に対し、前記のとおり本件仲介契約に付された前記2の(一)、(二)の特約(以下「本件特約」という。)に基づき、契約締結後三か月以内に本件ビル全館を賃借人で満室にするように仲介する義務があるのであるから、仲介をするにあたつては、賃借希望者が本件ビル占拠のような本件ビル全館を満室にするのに障害となる行為をするおそれのある者であるか否かを調査して、その結果を原告に報告する義務があるというべきである。

(2) しかるに、被告は、当時警察から過激派集団の賃借希望者には注意を払い、ことに出版業を行う者には注意を要する旨警告されており、堀内から「堀内利昭」という氏名を告げられ、かつその賃借の目的が出版業を行うことにある旨示されていたのであるから、堀内が革マル派の委員長であつて、当時の革マル派と中核派との対立抗争状況からみて堀内に本件ビルを賃貸したときには前記のような行為に出ることを予期できたにもかかわらず、堀内の身元、出版業種等何らの調査もせず、漫然仲介して堀内との賃貸借契約を締結させた。

(二)(1) 被告は原告に対し、前記のとおり本件ビル全館を満室にするように仲介する義務があるとともに、あわせて本件ビルの管理を行う義務もあるのであるから、賃貸借契約成立後も、賃借人が「本件ビルを占拠するが如き本件ビル全館を満室にするのに障害となり、原告に損害を与える行為をする者であることを知つたときは、事前に原告がその者の入居を拒む等適宜の措置をとれるようその旨を通知する義務、原告がその者に対し明渡交渉する場合には、右交渉に協力する義務及びビル管理者として自らその者の入居を拒み、又は明渡しを求める義務があるというべきである。

(2) しかるに、被告は、堀内が入居する前である昭和四九年一一月二七日に代々木警察署から堀内が革マル派の委員長である旨注意を受けたにもかかわらずこれを原告に通知せず、またその入居の阻止もせず、漫然堀内ら革マル派が本件ビルを占拠するにまかせた。

(3) さらに、被告は、堀内ら革マル派が本件ビルを占拠した後も、これに明渡しを求めることもせず、革マル派との明渡交渉にあたつていた原告会社取締役高内正次(以下「高内」という。)が被告に対し革マル派の立退料に充てるため一〇〇〇万円の融資を申し出た際にもこれを拒否するなど、原告の明渡交渉に協力しようともせず、革マル派の本件ビル占拠を続けさせた。

(4) さらに、昭和五〇年三月三一日、高内が被告の担当者広瀬征英及び田島茂の立会を求めて革マル派と明渡交渉を行つた際、革マル派側が広瀬らに「我々が居ては本件ビルは本当に満室にならぬのか。」と質問したのに対し、田島は、革マル派が前記のような占拠を続ける限り他の賃借人を入居させられないことを充分に知りながら、漫然「そのようなことはない。六か月もあれば満室となる。」と答え、そのため、当時革マル派は明渡しに応じる態度を見せていたのもかかわらずこれを翻すに至り、もって原告の明渡交渉を妨害し、革マル派の本件ビル占拠を続けさせた。

5  仮に、本件仲介契約における本件特約あるいは本件管理委託契約が認められないとしても、前記4(一)(2)及び(二)(2)ないし(4)の被告の行為はなお債務不履行にあたり、被告はこれによつて原告が被つた後記7記載の損害を賠償する責任がある。

(一) すなわち、仲介契約は委任契約であるから、受任者である被告は善良なる管理者の注意をもつて仲介を行う義務があり(民法六四四条)、また、被告は不動産仲介を業とする者であるから、仲介に際し信義を旨とし誠実にその業務を行う義務(宅地建物取引業法三一条)及び取引に関する重要な事項を説明する義務(同法三五条、四七条)があるのであるから、被告は、仲介にあたつて賃借希望者の身元、職業等について調査してその結果を委任者である原告に報告する義務があるところ、前記4(一)(2)の行為はこれに違反するものである。

(二) また、被告は、契約が成立した後であつても賃借人が入居する以前に、自ら仲介した賃借人が前記のような占拠行為に出るおそれのある者であることを知つた場合には、原告がその者の入居を拒否して損害の発生を未然に防ぐ機会を与えるため、信義則上原告にこれを通知する義務があるところ、前記4(二)(2)のうち、被告が原告に通知しなかつた行為はこれに違反するものである。

(三) さらに、当時本件ビルには被告会社名及び電話番号が記載された看板が掲げられ、本件ビルの鍵も被告に預けられている等の事情のため、被告が専ら仲介をなし原告も被告に頼らざるを得ず、しかも被告の仲介した者が前記のような占拠行為に出たのであるから、被告は原告の明渡交渉に協力する義務があるところ、前記4(二)(3)のうち、被告が原告の明渡交渉に協力しなかつたものとの行為及び(4)の行為はいずれもこれに違反するものである。

6  また、前記4(一)(2)及び(一)(2)ないし(4)の各行為は不法行為(民法七一五条)にもあたるものであるから、被告は、これによつて原告が被つた後記7記載の損害を賠償すべき責任がある。

7  原告は、右の被告の債務不履行又は不法行為により生じた前記堀内ら革マル派の本件ビル占拠の結果、次のとおり損害を被つた。〈省略〉

8  原告は被告に対し、昭和五二年二月九日到達の内容証明郵便で被告の前記債務不履行又は不法行為による損害賠償金の支払を催告した。

9  よつて、原告は被告に対し、被告の債務不履行又は不法行為による損害賠償として二〇四四万〇七〇〇円及びこれに対する催告の日である昭和五二年二月九日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。〈以下、省略〉

理由

一請求の原因1の事実のうち、被告が土地建物売買、賃貸の仲介、ビル管理等を業とする株式会社であること、同2の事実のうち、原告が昭和四九年六月一一日被告との間で原告所有の本件ビルの賃貸に関する仲介契約を締結したこと及び同3のうち原告が同年一一月二六日被告の仲介によつて堀内との間で本件ビル八階の賃貸借契約を締結し、堀内が本件ビルに入居したことについてはいずれも当事者間に争いがない。

そうして〈証拠〉によれば、堀内は過激派集団革マル派の委員長であつて、堀内ら革マル派は、同年一二月頃本件ビルに入居後間もなく、本件ビルの一階出入口に見張りを置き、各階の階段を封鎖する等して、昭和五〇年一二月頃まで本件ビル全館を占拠し続けたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

二原告は本件特約ないし本件管理委託契約に基づく債務不履行を主張する。

そこで、まず、本件仲介契約に本件特約が付されていたか否かについて判断するに、証人高内正次は右事実に副う証言をし、〈証拠〉によれば、昭和四九年六月から七月にかけて、本件ビルの仲介を直接担当していた被告会社の新宿営業所(以下「新宿営業所」という。)に本件ビルの鍵が預けられ、また被告会社本社(以下「本社」という。)にも本件ビル一階の鍵三本が預けられたこと、高内と本社営業担当の山口純正が相談の上、同年七月から同年一一月にかけて三回にわたり本件ビルの壁面に被告会社名及び電話番号の記載された看板を掲げ、また、同年八月頃、本件ビルに近い京王線の数か所の駅に本件ビルのポスターを貼る等の広告宣伝がなされたこと、同年七月頃、右山口から高内に対して、本件ビル賃貸借契約書に使用するため契約書の用紙が約一〇通渡され、同年一〇月九日、太陽カルシウム工業との賃貸借契約が株式会社渡辺不動産の仲介によつて成立したにもかかわらず、山口から渡された右契約書用紙により契約書が作成されていることをそれぞれ認めることができ、この認定に反する証拠はない。

しかしながら、本件特約の存在については、これを記載した書面が取り交わされた形跡がないばかりでなく、〈証拠〉によれば、原告は、高内が本件ビル賃貸を行うために妻高内道子を代表取締役として設立した個人企業であり、本件ビルを昭和四九年七月頃完成させたものであるか、本件ビルの建築資金等として株式会社ときわ相互銀行から六〇〇〇万円の借入れをし、これと本件ビル賃貸時に賃借人から預かる保証金をもつて請負代金の一部に充てる予定であつたため、早急に賃借人を入れる必要があり、高内は、被告との間で本件仲介契約が締結された後も被告に任せきりにせず、一週間に一、二回の割合で新宿営業所や本社を訪れて、本件ビルを早急に賃貸するための広告・宣伝の方法等について担当者と相談していたこと、前記の看板及びポスターは、思うように顧客がつかないことの対策としてその相談の中で案出されたものであつて被告の要望によつて被告会社の名称が記載されたものではなく、その費用も高内が負担したものであること、鍵についても同様高内が新宿営業所及び本社に持参したため、被告としても顧客を案内する便宜のために預かつたにすぎないのであつて、被告が当初から積極的に求めたものではないこと、契約書についても、高内が本社を訪れ、契約書の書式について相談した際、本社営業部の担当者が好意的に、当時被告の仲介していた他の賃貸ビルの契約書をコピーして渡したにすぎないものであること、原告は被告に対し本件仲介を依頼する以前株式会社渡辺不動産に仲介を依頼しており、前記のように本件仲介契約成立後、右渡辺不動産の仲介により太陽カルシウム工業と本件ビルの賃貸借契約をしていること、以上の事実をそれぞれ認めることができ、証人高内正次の証言中、右認定に反する部分はにわかに措信することができず、他に右認定に反する証拠はない。

右事実及び専属的に全館を一括仲介契約をする場合には、後日の紛争を避けるため、契約の具体的内容について、書面でとりきめることが通常であること、仲介業者が仲介契約において本件特約(二)のように全館を満室にする義務を負うことは特別の事情のない限り考えられないことを考慮すると、本件特約について口頭で合意があつた旨の証人高内の証言部分は信用できず、また冒頭で認定した事実も本件特約の存在を裏づけるには足りず、他に本件特約があつたことを認めるに足る証拠はない。

次に原告主張の本件管理委託契約が締結されたか否かにつき判断するに、証人高内正次は右事実に副う証言をするが、右証言によるも具体的な管理方法、管理料等についてどのような定めであつたか明確でなく、また〈証拠〉によれば、本件ビルは専門的な管理業者の管理を必要とするほどの規模ではなく、原告も自分自身で管理を行うつもりでいたことが認められることからみると、右証人高内正次の右証言部分は信用できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

そうすると、本件仲介契約に本件特約が付され、また本件管理委託契約が締結されたものであることを前提とする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく失当である。

三さらに原告は、本件仲介契約における本件特約あるいは本件管理委託契約が認められないとしても、請求の原因4(一)(2)及び(二)(2)ないし(4)の各行為はなお債務不履行を構成するものである旨主張するので、以下この点について判断する。

判旨1 まず、賃借希望者の身元、職業等の調査報告義務について考えるに、不動産賃貸の仲介者は、原則として賃借希望者自らの申し出た身元、職業等の事項を委任者である賃貸人に伝えるをもつて足り、右以上に右事項につき独自に調査し、賃貸人に報告する義務はないものと解され、このことは仲介者が宅地建物取引業法の適用を受ける仲介業者であつても同様であるが、仲介者は善良なる管理者の注意をもつて当事者間の媒介をする義務を負うものであるから(民法六四四条)、仲介業者としての通常の注意を払うことにより賃借希望者の申し出た事項に疑問があり、ひいては正常な賃貸借関係の形成を望み得ない事情の存することが窺われる場合には、その点につき適当な方法で自ら調査し、又は、その旨を委任者である賃貸人に伝えて注意を促す義務があるものと解すべきである。

これを本件事案についてみると、堀内が原告と本件ビル八階の賃貸借契約を締結するに至つた経緯は、被告が堀内から「堀内利昭」という氏名を告げられ、かつその賃借の目的が出版業を行うことにある旨示されたとの当事者間に争いのない事実並びに〈証拠〉によれば以下のとおりであつたことが認められる。

(一)  昭和四九年一一月二三日午後五時過ぎ頃、新宿営業所に男の声で電話があり、本件ビルの空室状況、賃貸条件等について問い合わせて来たため、電話を受けた同営業所の広瀬征英は、本件ビルの面積及び賃料、保証金の金額等を教え、当日は遅いため翌日本件ビルを案内することになり、右広瀬は画ちに電話でその旨を高内に伝えた。

(二)  同月二四日、前日電話をかけた者であると称する一見三二、三歳の男が他の一名の男を伴つて新宿営業所を訪れたので、右広瀬は右両名を連れて本件ビルに案内した。その際右三二、三歳の男は本件ビルを出版関係の編集事務所として使用するつもりである旨、今までそのような業務を府中でやつていたが新宿寄りの方が交通や情報の面で便利であるため引越したいので賃貸ビルを捜している旨、自分たちの出版業は五、六人くらいの共同出資で行つている旨等を告げ、さらに、賃借条件のうち保証金(四五〇万円)の減額を申し入れたため、翌日高内と直接交渉することになつた。

(三)  同月二五日午前一一時頃、高内及び前日の男二人が新宿営業所に来訪し、広瀬が双方を紹介し、ここで始めて名刺が交換されたが、右三二、三歳の男が原告及び広瀬に出した名刺には「書籍取次・通信販売 東京図書企画 堀内利昭」と記載されていた。名刺交換が終つて、広瀬は高内に対し、堀内の賃借目的が出版関係の編集事務所として使用することにある旨等を説明し、その場で、高内と堀内が保証金の金額について交渉した結果、高内は堀内の希望どおり保証金を三五〇万円とすることを承諾し、本件ビルの七階を賃貸することとし、翌日保証金を授受して契約書を作成することとなつた。

(四)  同月二六日、新宿営業所において、あらかじめ被告が準備し、所定の事項を記入した契約書に高内及び堀内が調印して、原告と堀内との間で本件ビルの賃貸借契約が締結されたが、その際堀内は、本件ビルの最上階である八階を賃借したい旨申し出たため、目的物件が変更され、八階が賃借されることとなつたが、堀内がこのように八階を希望する理由は特に示されなかつた。右調印後堀内から二七日に引越したい旨の申し出があり、高内がこれを了承したため、広瀬は保管していた八階の鍵を堀内に渡した。

以上のとおり認められ〈る。〉

原告は、被告が当時警察から過激派集団の賃借希望者には注意を払い、ことに出版業を行う者には注意を要する旨警告されていたと主張するけれども、かかる事実を認めるに足りる証拠はなく、また一般通常人が、当時「堀内利昭」ないし「東京図書企画」という名称から直ちに革マル派を想起することができたことを認めるに足りる証拠もない。かえつて、〈証拠〉によれば、堀内は一見おとなしそうな、落着いた印象を与える人物であり、広瀬及び高内は、ともに堀内が革マル派の委員長であるなどという疑いを全く抱かなかつたことが認められるのであつて、結局、前記認定の堀内との賃貸借契約までの経緯において、堀内が革マル派の委員長であることを疑わせるような不自然なところは認められず、広瀬が堀内の身元等について何らの調査をもしなかつたとしても、何ら仲介者としての注意義務を欠いたものとはいえず、原告の主張は理由がない。

2 次に、賃貸借契約が締結された後の仲介者の義務について考えるに、仲介者の義務は原則として仲介に係る契約が成立することにより終了するものではあるけれども、賃借人が入居する前に賃借人が過激派集団の幹部であることを仲介者において知り得たような場合には、目的物件が実力による対立抗争の舞台となり、ひいては本件のような入居後全館占拠という由々しい事態が発生することも充分に予想されるのであるから、仲介者は委託者である賃貸人にその者の入居を拒否して損害の発生を未然に防ぐ機会を与えるため、信義則上これを通知する義務があるものと解すべきである。

しかしながら、〈証拠〉によると堀内は遅くとも昭和四九年一一月二九日には引越しを終り本件ビル八階に入居していたことが明らかであるところ、被告が、代々木警察署から堀内が革マル派の委員長である旨注意を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、代々木警察署公安係長谷口義人は、革マル派が本件ビルに入居し、又は引越中であるとの情報を得て、新宿営業所を訪れ、堀内について調査した際に堀内が革マル派の委員長である旨被告に告げたものであることが認められるけれども、右認定以上に原告が主張するように、被告が、堀内ら革マル派が本件ビルに入居する前に堀内が革マル派の委員長であることを知つていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。従つて被告の通知の有無について判断するまでもなく原告の主張は理由がない。

3 さらに、原告は、被告には原告の明渡交渉に協力する義務があると主張するけれども、仲介により賃貸借契約が成立して賃借人が入居を終えれば、仲介契約における仲介者の義務も終了するものであつて、それ以降の仲介者の行為が不法行為を構成することがあり得るのは別として、債務不履行を構成するものではないから原告の主張は理由がない。

四原告は、さらに請求の原因4(一)(2)及び(二)(2)ないし(4)の各行為が不法行為にあだる旨主張するので、以下この点について判断する。

1 まず、同4(一)(2)及び(二)(2)の各行為については、被告に前記三1、2で示した注意義務があることは認められるけれども、この点につき被告に何らの義務違反もないことは前記三1、2において説示したところから明らかであるので、原告の主張はいずれも理由がない。

2  次に請求の原因4(二)(3)及び(4)の各行為については、仮に原告が同5(三)で主張するような事情があつたとしても、被告には原告の明渡交渉に協力しなければならない義務はなく、ただ原告の明渡交渉を故意に妨害しない義務があるにすぎないものというべきであるから、同4(二)(3)の行為が不法行為に該当しないことは明らかである。そこで以下、同4(二)(4)の行為について判断するに、昭和五〇年三月三一日、高内が本社の広瀬及び田島の立会を求めて占拠を続けている革マル派と明渡交渉を行つたことは当事者間に争いがなく、右交渉の席上田島が革マル派側の質問に答えて、革マル派がいても六か月もあれば本件ビルは満室になる旨答えたとの点及びそのため、当時革マル派は明渡しに応じる態度を見せていたにもかかわらずこれを翻すに至つたとの点については、これに副う証人高内の証言もあるが、同証言は反対趣旨の証人田島茂及び同広瀬征英の各証言に照らしてにわかに措信できず、ことに、当時革マル派が明渡しに応じる態度を見せていたとの点については、前記認定のとおり革マル派がこの日の交渉後約八か月にわたつて本件ビルの占拠を続けたこと及び証人高内正次の証言によれば、本件交渉の約一週間前に革マル派が一〇〇〇万円もの立退料を要求していたことが認められることに照らせば、表面的な言動はさて措き、明渡しの要求に応ずる意思があつたとするには多大の疑問の存するところであつて、他に原告の主張を認めるに足りる証拠はなく、結局原告の主張は理由がない。

五以上のとおりであつて、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はすべて理由がないことになるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(原健三郎 満田忠彦 山本恵三)

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